19 やりたいことがわからないきみへ。「好き」に正直でいい

「将来やりたいことは?」と聞かれても、うまく答えられない。目標を決めなきゃと思うほど、頭がまっしろになる。そんな焦り、あるよね。

こんにちは、クォッカです🐸

もし今、決められない自分にモヤモヤしてるなら、森の分かれ道で立ちすくんでいた、一頭の子シカの話を聞いてほしいんだ。

結論から言うね。志は、歯を食いしばって無理に作るものじゃない。きみの心が勝手に向いてしまう”好き”のほうへ、素直に足を向ける。そこから始めていいんだ。

分かれ道で動けない子シカと、勝手に動く足

子シカが、森の分かれ道の前で、ずっと立ちすくんでいた。いくつもの矢印がついた道標を見上げたまま、動けないでいる。

「みんなに『将来の道を決めなさい』って言われるんだ。でも……どれがいいのか、ぜんぜんわからなくて」

「わかる……。わたしも『やりたいこと』って聞かれると、頭がまっしろになっちゃう」

クォッカは、丸メガネの奥から、子シカの足元をじっと見ていた。さっきから、その足先だけが、そろりそろりと同じほうを向いている。花のいい匂いがする、小道のほうへ。

「ねえ子シカ。決められないって言いながら、きみの足、さっきからあっちを向いてるよ。あの、花の咲いてる小道のほうに」

「あ……ほんとだ。なんでだろう。あの匂い、好きだから、つい」

「その”つい”だよ。頭で決めなくても、からだが勝手に向いちゃう方角。それが、きみのコンパスなんだ。

時間を忘れる瞬間に、答えが隠れてる

だれにでも、ふと時計を見て「え、もうこんな時間!?」ってなる瞬間があるよね。ゲームに夢中になってて、とか。好きな漫画を一気読みしてて、とか。

心理学者のミハイ・チクセントミハイは、この「時間を忘れて没頭してる状態」に「フロー」という名前をつけた。ハンガリー生まれの学者で、芸術家やスポーツ選手や外科医、いろんな職業の人にインタビューしたら、みんなこのフローを経験してたんだ。

フローは、ごほうびや評価のためにやってるんじゃない。それ自体が楽しくて、気づいたら没頭してる。いわば”いちばん純度の高い、心の内側から湧くやる気”の状態なんだ。

つまり、きみが時間を忘れる瞬間は、「本心が本当に好きなこと」を教えてくれるサイン。子シカの足が、考える前に花のほうを向いてしまうのと、同じだよ。コンパスの針が、いちばん強く振れてる方向なんだ。

一斎は「志を、無理に作るな」と言った

ここで、二百年前の佐藤一斎の言葉を見てみよう。彼はまず「学ぶうえで、志を立てることほど大切なものはない」と言った。ここまでは、よく聞く話だよね。

でも一斎がすごいのは、その次なんだ。「その志は、無理に作るものじゃない。ただ、自分の本心が好むほうへ従えばいい」と、こう続けた。

【原文】学は立志より要なるは莫し。而して立志も亦之を強うるに非ず。只だ本心の好む所に従うのみ
【よみがな】がくはりっしよりようなるはなし。しこうしてりっしもまたこれをしうるにあらず。ただほんしんのこのむところにしたがうのみ
【意味】学ぶ上で、志を立てることほど大切なものはない。だが、その志は無理に作るものではない。ただ、自分の心が本当に好むほうへ従えばいいだけだ。

「立派な目標を、無理やりひねり出しなさい」じゃないんだ。むしろ逆。きみのコンパスが勝手に指すほうに、素直に従えばいい。志って、奥歯をかみしめて決めるものじゃなくて、”好き”のほうへ足を向けることから、静かに始まるものなんだよ。

孔子も、「好き」の先に「楽しむ」を置いた

じつは同じことを、もっと昔、孔子も言ってるんだ。「これを知る者は、これを好む者に如かず。これを好む者は、これを楽しむ者に如かず」。知ってるだけの人は、好きな人にかなわない。好きな人は、楽しんでる人にかなわない、という意味だよ。

日本の「好きこそ物の上手なれ」も、同じことを言ってるよね。ここで大事なのは、順番。まず”好き”があって、その先に”楽しむ”がある。

だから、好きを大事にすることは、上達の遠回りなんかじゃない。いちばんの近道なんだ。コンパスの針は、その方向へ進むほど、どんどん強くなっていくものだから。

「好きがわからない」「好きじゃ食べていけない」ときは

とはいえ、こう思う人もいるよね。「そもそも、自分の好きがよくわからない」「好きなだけじゃ食べていけないでしょ」って。両方に、順番に答えるね。

まず「好きがわからない」きみへ。コンパスは、いきなり大きな目的地を指さなくていいんだ。「北の方角」がわかれば、それで十分。だから、人生をかけた壮大な夢じゃなくて、「ちょっと気になる」「つい見ちゃう」くらいの、小さな針でいい。必死に探すより、ふと足が向くものに、あとから気づくくらいでちょうどいいんだ。一斎も「無理に作るな」って言ってたよね。

次に「好きじゃ食べていけない」きみへ。それはたぶん、”好き”と”仕事”を、一足飛びにつなげすぎてるのかも。好きは、いきなり職業にしなくていい。まずは、コンパスの向きを知っておくだけでいいんだ。向きさえわかっていれば、その近くで思わぬ道が見つかることもあるし、一生の宝物になる趣味として持ち続けることもできる。目的地は、歩きながら決まっていくものだよ。

一週間、コンパスの記録をとってみて

じゃあ、具体的にどうするか。この一週間、小さなメモをとってみて。書くのは2つだけ。「時間を忘れてたこと」と「つい調べちゃったこと」。それだけでいい。

うまくやろうとしなくて大丈夫。ゲームでも、料理でも、だれかの話でも、なんでもいい。書きためると、バラバラに見えて、じつは同じ方角を指してることが多いんだ。それが、きみのコンパスの北だよ。

一歩先の話をするね。北がわかったら、その方向へ”ほんの一歩”だけ踏み出してみる。気になった本を一冊読む、気になった場所へ一回行ってみる。それだけで、「決めなきゃ」という重いプレッシャーが、「行ってみよう」というわくわくに変わっていく。志は、そうやって、きみの足あとで少しずつ作られていくものなんだ。

よくある質問

Q. 好きなことがコロコロ変わる。飽きっぽいのはダメ?
A. ダメじゃないよ。コンパスは、いろんな方向を試していい。むしろ、あちこち向いてみるうちに、何度も戻ってくる方角が見えてくる。それが、きみの本物の北だったりするんだ。

Q. 好きなことはあるけど、下手だから続ける自信がない。
A. そこは切り分けよう。「好き」と「上手」は、別ものなんだ。孔子も「好きな人は、知ってるだけの人に勝つ」と言ってる。上手さは、好きで続けた先に、あとからついてくるものだよ。

Q. 親や周りが「そんなの役に立たない」と言ってくる。
A. 周りの声は、きみのコンパスのそばに置かれた、別の磁石みたいなもの。近づけすぎると、針が乱れる。参考にはしても、最後にどっちを向くかは、きみの本心が決めていいんだ。

Q. 何を見ても心が動かない。好きも嫌いも、よくわからない。
A. そういう時は、無理に好きを探さなくていい。心が疲れていると、コンパスの針も動きにくくなるものだから。もしその状態が長く続くようなら、信頼できる人や専門家に話してみるのも、ひとつの手だよ。

関連して読みたい記事

自分の気持ちが、自分でもうまくつかめない。そんなときの話も書いてるよ(#5)。「好きがわからない」ときは、こっちものぞいてみて。

それから、学びは机の上だけじゃない、という話(#18)。好きの方角が見えてきたら、日常ぜんぶが、その”好き”を育てる場所になるんだ。

おわりに

森の分かれ道は、これから先も、何度も出てくる。でも、そのたびに地図とにらめっこして「正解」を探さなくていいんだ。

きみの中には、もうコンパスがある。頭でうまく決められなくても、からだが、心が、ちゃんと”好き”のほうを指してくれてる。その針を信じて、まず一歩。志は、そこから静かに始まるよ。🐸🌱

出典:佐藤一斎『言志四録』より

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この記事を書いた人

私は主に、チャコが読み解いた星からのメッセージを聞き、そこにどんな意味があるのかを読み解き、みんなの人生に落とし込んでいくことをしています。
当たるか当たらないかの占いのような星読みにせず、運命があなたに何を求めているのかを読み解き、人生で起こる全ての出来事に意味を与え、これからの人生の指針となる星読みにするためにチャコと日々星を読んでおります。

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