#16 いつも悪いほうに考えてしまうあなたへ|出来事の受け取り方を変える方法

同じことが起きても、つい悪いほうに、悪いほうに考えてしまう。小さなことで、必要以上に落ち込んでしまう。そして、「自分は、ネガティブな人間だ」と、また落ち込む。そんなループに、心当たりはないかな。

こんにちは、クォッカです🐸

もし思い当たるなら、どんより曇ったメガネをかけた、子ハリネズミの話を聞いてほしいんだ。

結論から言うね。出来事そのものには、じつは、良いも悪いも、もともとないんだ。同じ出来事に「最悪だ」という色をつけているのは、出来事のほうじゃなくて、きみのかけている「心のメガネ」なんだ。そして、そのメガネは、掛けかえられる。無理にポジティブになる、という話じゃない。ただ、決まった一つの見方に、縛られなくていい、ということなんだよ🌱

曇りメガネをかけた、子ハリネズミ

今日は、楽しみにしていたピクニックの日。なのに、朝から、雨が降っていた。子ハリネズミは、どんより曇った灰色のメガネごしに、窓の外を見て、つぶやいた。

「……最悪だ。楽しみにしてたのに。ぼくって、ほんと、いつもこう。ツイてないんだ」

子ハリネズミのメガネの中では、世界ぜんぶが、灰色に見えていた。そこへクォッカが来て、となりに座った。

「ピクニック、流れちゃったね。それは、ほんとに、残念だね」

クォッカは、まず、そう言った。それから、子ハリネズミの曇りメガネを、そっと外してあげた。

「でもね。『最悪』とか『いつもこう』っていう色は、雨がつけたんじゃないんだ。きみのこのメガネが、つけてる。ためしに、外して、雨そのものを見てごらん」

メガネを外すと、雨は、ただの雨だった。悪くも、良くもない。しとしと降る、ふつうの雨。

「……あ。そういえば、読みたかった本、今日なら、読めるかも」

同じ雨が、「最悪」にも「まあ、これはこれで」にもなる

考えてみると、不思議なことなんだ。まったく同じ雨が降っても、ある人は「最悪だ」と一日ふさぎこみ、ある人は「いい雨だな」と長靴で水たまりに飛びこむ。

雨そのものは、一つしかない。なのに、そこから生まれる気持ちは、人によって、まるで違う。ということは、その気持ちは、雨が直接つくったものじゃない、ということだ。雨と、気持ちのあいだに、何かが挟まっている。その「何か」が、さっきの曇りメガネ、つまり、きみの受け取り方なんだ。子ハリネズミの「最悪」も、隣の誰かの「まあ、これはこれで」も、同じ雨から、それぞれのメガネを通して、生まれている。

出来事と気持ちのあいだには、“メガネ”が挟まっている

このことを、心理学が、きれいに整理してくれている。アルバート・エリスという心理学者が示した、「ABC理論」というものだ。

Aは、出来事(雨が降った)。Cは、結果として生まれる感情(落ちこむ)。ふつう、わたしたちは、A(雨)が、直接C(落ちこみ)を引き起こしていると思っている。でも、エリスは言う。そうじゃない。AとCのあいだには、B(受け取り方・信念)が挟まっている、と。A(雨)→ B(「最悪だ、自分はいつもこう」というメガネ)→ C(落ちこみ)。落ちこみを生んでいるのは、A(雨)じゃなくて、B(メガネ)のほうなんだ。ここが分かると、大事なことが見えてくる。出来事(A)は変えられなくても、メガネ(B)は、掛けかえられる。子ハリネズミが、曇りメガネを外したら、雨がただの雨に戻ったようにね。

二千年前のギリシャの哲学者も、同じことを言った

この考え方、じつは、ずっとずっと昔から知られていたんだ。今から二千年ほど前、古代ギリシャの哲学者エピクテトスが、こんな言葉を残している。

「人を悩ませるのは、出来事そのものではなく、その出来事についての、その人の考えである」。まさに、同じことだよね。出来事が人を苦しめるんじゃない。その出来事に、自分がどんな意味をつけるか、が苦しめる。二千年前のギリシャでも、二百年前の日本でも、そして今のきみの部屋でも、人の心のしくみは、変わっていないんだ。だからこそ、この知恵は、時代を超えて、ずっと語り継がれてきたんだね。

二百年前の一斎も、「順逆は、我が心にあり」と言った

その、日本での言葉が、これだ。二百年前の学者、佐藤一斎の『言志四録』の一節。

【原文】
天下の事、もと順逆なく、我が心に順逆あり。

【よみがな】
てんかのこと、もとじゅんぎゃくなく、わがこころにじゅんぎゃくあり。

【意味】
世の中の出来事そのものに、順境・逆境の区別はもともとない。順か逆かは、自分の心の受け取り方が決めている、ということ。

「順逆」というのは、順境(うまくいっている)と、逆境(つらい状況)のこと。一斎は、出来事そのものに、順も逆も、もともとない、と言い切っている。順か逆かを決めているのは、出来事じゃなくて、それを見る、こちらの心のほうだ、と。エリスのABC理論と、エピクテトスと、一斎。三人が、まったく同じことを、別々の言葉で言っている。それだけ、これは、たしかなことなんだ。

「つらいことを、気の持ちようで片づけるの?」と思ったきみへ

ここで、大事な切り分けを、はっきりさせておきたい。こう思う人が、きっといるからだ。「じゃあ、つらいことも、全部『気の持ちよう』ってこと? 無理にポジティブに考えろって、それ、しんどいだけじゃない?」。

その通りなんだ。だから、これは、「つらさを我慢しろ」でも、「無理にいいことにしろ」でもない。子ハリネズミに、クォッカは、まず「残念だね」と言ったよね。つらいことは、つらい。それは、ちゃんと感じていい。無理に「雨も素敵!」と、笑わなくていい。この話が言っているのは、もっと控えめなことなんだ。出来事に、「これは最悪だ、もう終わりだ」という、決まった一つの意味が、はりついているわけじゃない。他の見方をする「余地」が、いつも残っている。ただ、それだけ。悲しみを消す話じゃなくて、「もう終わりだ」の一色に、自分を閉じこめなくていい、という話なんだよ。

「最悪だ」と思ったら、「本当に?」と一つだけ聞く

具体的な一歩を、一つ。「最悪だ」「もうダメだ」「自分はいつもこう」。そんな、強い決めつけの言葉が、心に浮かんだとき。それが、曇りメガネのサインだ。そこで、一度だけ、こう聞いてみて。「本当に、そう? 他の見方は、ないかな?」。

無理に、明るい答えを出さなくていい。ただ、問いかけるだけでいい。「最悪」と決めつけていたものに、ほんの少し、すき間ができる。そのすき間から、「まあ、これはこれで」とか、「そういえば、これもできるな」が、ぽつりと入ってくることがある。子ハリネズミの「本、読めるかも」みたいにね。

そして、一歩先の話をするね。受け取り方は、長年の「クセ」だから、いきなり全部は変わらない。それでいいんだ。大事なのは、変えることより、まず「あ、今、曇りメガネで見てたな」と、気づけること。かけていることに気づけたメガネは、もう、掛けかえられる。気づけないメガネだけが、ずっと、世界を灰色にし続けるんだ🍀

気になる問いに、いくつか答えておくね

Q. 無理にポジティブに考えるのは、かえって疲れます。
A. うん、無理なポジティブは、しんどいよね。だから、これは「良いことにしろ」じゃないんだ。まずは、灰色のメガネを外して、出来事を「ただの事実」に戻すだけでいい。「良い」にしなくていい。「最悪」を「ふつう」に戻す。それだけでも、心は、ずっと軽くなるよ。

Q. どうしても、悪いほうに考えるクセが抜けません。
A. それは、クセだから、当たり前なんだ。何年もかけてついたメガネは、一日じゃ外れない。抜こうとしなくていいから、まず「あ、またこのメガネかけてた」と、気づく回数を、少しずつ増やしてみて。気づけるだけで、もう半分は、掛けかえられてるんだ。

Q. でも、実際に悪いことは、悪いですよね?
A. その通りだよ。世の中には、どう見ても、つらくて理不尽なことが、たしかにある。それを「気のせい」にする話じゃないんだ。ただ、そういうときでも、「もう完全に終わりだ」なのか、「つらいけど、まだ、ここからやれることはある」なのかは、選ぶ余地がある。その、ほんの少しの余地が、次の一歩を、残してくれるんだ。

こんな日は、こっちの話も

もし「受け取り方というより、頭の中で心配がぐるぐるして止まらない」なら、「考えすぎて疲れるあなたへ」の話が近いかもしれない。逆に「うまくいかなくて、悔しくて落ちこんでいる」なら、「悔しい気持ちの正体」をどうぞ。きみの“今”に近いほうから、読んでみて。

おわりに

同じ雨が、しょんぼりにも、水たまりジャンプにもなる。

その色をつけているのは、雨じゃなくて、きみのメガネのほうだ。つらいときは、無理に笑わなくていい。ただ、一度、曇りメガネを外して、出来事を、ただの出来事に戻してみて。そこには、きみが思うより、たくさんの見方が、残っているはずだから🐸🌱

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この記事を書いた人

私は主に、チャコが読み解いた星からのメッセージを聞き、そこにどんな意味があるのかを読み解き、みんなの人生に落とし込んでいくことをしています。
当たるか当たらないかの占いのような星読みにせず、運命があなたに何を求めているのかを読み解き、人生で起こる全ての出来事に意味を与え、これからの人生の指針となる星読みにするためにチャコと日々星を読んでおります。

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