#6 賢くなりたいあなたへ|知識より大切な“学ぶ姿勢”の話

もっと賢くなりたい。でも、何をどうすればいいのか分からない。あるいは、知らないことを知られるのが怖くて、つい「知ってる」と言ってしまう。そんな覚えは、ないかな。

こんにちは、クォッカです🐸

もし心当たりがあるなら、「そんなの知ってるし」が口ぐせの、子ぎつねの話を聞いてほしいんだ。

結論から言うね。賢さって、知っていることの多さじゃないんだ。むしろ、「自分はまだ知らない」と素直に認めて、人から学べる姿勢のこと。知ったかぶりで止まる人より、「教えて」と言える人のほうが、ずっと遠くまで、賢くなっていくんだよ🌱

「知ってるし」が口ぐせの、子ぎつね

学校帰りの小道で、子ぎつねが胸を張っていた。本当は、今日の授業で、分からないところがあった。でも、それを知られるのが恥ずかしくて、つい言ってしまう。

「あんなの、そんなの知ってるし。かんたんだよ」

そのとなりで、ピヨはちがった。分からないことがあると、目を輝かせて先生に駆け寄る。

「せんせい、これわかんない!おしえて!」

そうやってピヨは、一つ、また一つと、新しいことを覚えていく。子ぎつねは、知ったかぶりをしたまま、その場所から動けずにいた。クォッカが、子ぎつねの横に並んで歩いた。

「知らないって言うの、かっこわるいと思ってる?」

子ぎつねは、こくんとうなずいた。

「でもね、いちばん賢くなるのは、『教えて』って言える子なんだ。知ってるフリをした瞬間、そこで学びは止まっちゃう。知らないって認めた瞬間から、賢さは動き出すんだよ」

知ったかぶりは、なまけじゃなくて、心を守る盾だ

「知ってるし」と言ってしまうのは、見栄っ張りだからじゃない。「バカだと思われたくない」「がっかりされたくない」という、心を守るための反応なんだ。子ぎつねの胸の張り方は、じつは、精いっぱいの防御だった。

でも、その盾には、大きな代償がある。知っているフリをした瞬間、脳は「もう学ばなくていい」と判断してしまうんだ。恥ずかしさから自分を守ったつもりが、いちばん大事な「学ぶチャンス」を、手放している。子ぎつねが同じ場所から動けなかったのは、盾で扉をふさいでしまったからなんだ。

「知らない」と言えると、なぜか賢くなっていく

ここで、心理学の話を一つ重ねるね。「知的謙虚さ」という言葉がある。デューク大学のマーク・レアリーが二〇一七年に提唱したもので、「自分の知識には限界がある」と認識できる状態のことだ。

研究によれば、この知的謙虚さが高い人ほど、好奇心が強く、反対意見も受け入れられて、学びの成果や、考える力が高まりやすいという。「自分が絶対に正しい」と思い込む人の、ちょうど反対側にいる人たちだ。ピヨが「おしえて!」と駆け寄るたびに一つ賢くなっていったのは、この知的謙虚さのかたまりだったからなんだね。心に「まだ知らないことがある」というすき間を空けておける人ほど、新しいものが、どんどん入ってくる。

賢さは、空っぽのコップに、たまっていく

なぜ謙虚さが賢さを生むのか。理屈で考えても、ちゃんと筋が通っている。

コップが、もう水でいっぱいだと思い込んでいたら、新しい水は、一滴も入らない。あふれてこぼれるだけだ。でも、「まだ半分空いてる」と思える人のコップには、いくらでも注げる。知ったかぶりは、コップを「満タンだ」と思い込むこと。「教えて」は、「まだ空いてる」と認めること。だから、頭に何がどれだけ入っているかより、受け取るすき間を、いつも空けておけるかどうか。そこで、賢さの伸びは、大きく変わるんだ。

二百年前の一斎も、「敬」が賢さを生むと言った

この「謙虚さが賢さを育てる」という話。二百年前の日本の学者、佐藤一斎も、はっきり言い残している。『言志四録』の一節がこれ。

【原文】
一箇の敬は許多の聡明を生ず。

【よみがな】
いっこのけいはきょたのそうめいをしょうず。

【意味】
自分を慎み、人を敬うという一つの心が、たくさんの聡明さ(賢さ)を生み出す、ということ。

「敬」とは、人や物事を大切にあつかい、自分を少し慎む心のことだ。一斎は、賢さは、知識を詰め込む前に、まずこの謙虚な姿勢から育つ、と言っている。知的謙虚さの研究と、二百年前の言葉が、まっすぐ重なるよね。ピヨの「はい、どうぞ」も「おしえて!」も、じつは同じ「敬」の心から出ていたんだ。

「知識が多い人が、賢いんじゃないの?」と思ったきみへ

こう思う人もいるよね。「なんだかんだ言っても、たくさん知っている人が、賢いんでしょ?」。うん、そこは切り分けが大事なんだ。

知識は、とても大切な材料だ。それは間違いない。でも、その材料を「増やし続けられるか」は、学ぶ姿勢しだいなんだ。知識が多くても、「もう十分」と学びを止めた人は、そこから伸びない。逆に、今の知識は少なくても、「まだ知りたい」と動ける人は、どんどん増えていく。長い目で見て遠くまで行くのは、まちがいなく後者だよ。だから、知識の量と、賢さの伸びしろは、別のものなんだ。

今日から、一日一回だけ「教えて」と言ってみる

具体的な一歩を、一つ。賢くなる第一歩は、難しい本を読むことじゃない。「知らない」を、素直に口に出せるようになることなんだ。

だから今日は、分からないことに出会ったら、知ったかぶりをぐっとこらえて、「それ、教えて」と言ってみよう。たった一言。でも、その一言が、閉じかけていた学びの扉を、もう一度開けてくれる。ピヨが、いつもやっていたようにね。

そして、一歩先の話をするね。いちばん賢い人ほど、「自分はまだ分かっていない」と、平気で言える。だから、目指すのは「なんでも知ってる人」じゃなくて、「まだ知らないことを、面白がれる人」なんだ。知らないことは、恥じゃなくて、これから埋められる、うれしい余白。その余白を、たくさん持っている人が、いちばん遠くまで賢くなっていくんだよ🍀

気になる問いに、いくつか答えておくね

Q. 「知らない」と言うのが、どうしても恥ずかしいです。
A. とても自然な気持ちだよ。でも、まわりは「知らないこと」より「知ったかぶり」のほうに気づくもの。素直に聞ける人のほうが、じつは好印象を持たれやすいんだ。

Q. 何を学べばいいか、分かりません。
A. まずは、日々の「なんでだろう?」を、無視しないことから。小さな疑問を放置せず、一つ調べてみる。その積み重ねが、いちばん自然な学びになるよ。

Q. まわりが賢く見えて、自分だけ劣っている気がします。
A. 賢く見える人ほど、じつは陰でたくさん「教えて」と言ってきた人なんだ。今のきみが「知りたい」と思えていること、それ自体が、もう賢さの芽だよ。

こんな日は、こっちの話も

もし「学びたいのに、そもそも一歩が踏み出せない」なら、「変わりたいのに動けないあなたへ」の話が近いかもしれない。逆に「いくつになってからでも学べるの?」と気になるなら、「大人の学び直しに、遅すぎるはない」をどうぞ。きみの“今”に近いほうから、読んでみて。

おわりに

賢さは、物知りであることじゃない。

「知らない」を認めて、「教えて」と言える。人を敬い、自分を少し慎む。そのやわらかい姿勢のあるところに、本物の賢さは、静かに育っていく。きみのその素直さは、もう立派な、知恵の芽なんだよ🐸🌱

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この記事を書いた人

私は主に、チャコが読み解いた星からのメッセージを聞き、そこにどんな意味があるのかを読み解き、みんなの人生に落とし込んでいくことをしています。
当たるか当たらないかの占いのような星読みにせず、運命があなたに何を求めているのかを読み解き、人生で起こる全ての出来事に意味を与え、これからの人生の指針となる星読みにするためにチャコと日々星を読んでおります。

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